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東京高等裁判所 昭和63年(行ケ)269号 判決 1990年2月20日

原告 森川徳太郎

右訴訟代理人弁理士 恩田博宣

被告 財団法人 リトルワールド

右代表者理事 竹田弘太郎

右訴訟代理人弁護士 髙橋正蔵

同 奥村軌

同 浦部康資

主文

特許庁が、昭和六三年九月一六日、昭和五八年審判第一〇六七九号事件についてした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

主文同旨の判決

二  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第二請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、別紙(一)に示すとおり「LITTLWORLD」の欧文字と「リトルワールド」の片仮名文字とを二段に横書きしてなり、指定商品を第二四類「おもちゃその他本類に属する商品」とする登録第一三一九四三〇号商標(昭和四五年九月一日登録出願、昭和五三年一月一三日設定登録、昭和六三年三月二五日商標権存続期間更新登録)(以下「本件商標」という。)の商標権者であるところ、被告は、昭和五八年四月二八日、原告を被請求人として商標法五〇条の規定に基づき不使用を理由として本件商標の登録を取り消すことについて審判を請求した。特許庁は、右請求を同庁昭和五八年審判第一〇六七九号事件として審理した結果、昭和六三年九月一六日、「登録第一三一九四三〇号商標の登録は取り消す。」との審決をし、その謄本は同年一〇月二六日原告に送達された。

二  審決の理由の要点

1  本件商標は、別紙(一)に示すとおり「LITTLWORLD」の欧文字と「リトルワールド」の片仮名文字とを二段に横書きしてなり、第二四類「おもちゃその他本類に属する商品」を指定商品として、昭和四五年九月一日登録出願、昭和五三年一月一三日設定登録、現に有効に存続しているものである。

2  審決の判断

(一) 被請求人(原告)は、本件商標を本件審判請求の登録前三年以内において、指定商品中「ヨーヨー」について実質的に使用しているとして提出した乙第一号証(本訴の甲第三号証の一)の証明書(証明願)に添付された写真を検討すると、別紙(二)に示すとおり、商品「ヨーヨー」に「リトルワールド」「LITTLE WORLD」の文字(以下「本件使用商標」という。)が表示されていることが認められる。しかして、本件商標の構成は前記のとおりであるところ、本件商標と本件使用商標とはその欧文字部分において構成文字が「E」の文字の有無において明らかに異なる。そして、該構成文字の相違によって、両者の外観及び観念が異なるといわざるを得ない。してみれば、本件商標と本件使用商標とは、同一のものであるとはいい得ないばかりでなく、社会通念上も同一性を有するものであるとは認め難く、乙第一号証によっては、本件商標がその指定商品「ヨーヨー」に使用されているとは認めることができない。したがって、本件商標は、本件審判請求の登録前三年以内にそのいずれの指定商品にも使用されていないと認められるから、商標法五〇条によりその登録を取り消すべきものである。

三  審決を取り消すべき事由

審決は、本件商標と原告の使用に係る本件使用商標との同一性の判断を誤ったために、本件商標の使用をしていることに当たらないとの誤った判断をして商標法五〇条の規定に基づき本件商標の登録を取り消したものであって違法であるから、取り消されるべきである。

1  原告は、昭和五八年一月二五日ころ、いせや玩具株式会社から、別紙(二)にみられるとおりのヨーヨー五〇〇個を購入したうえ、以後、原告の営む店舗において、これらのヨーヨー(以下「本件ヨーヨー」という。)を販売してきた。本件ヨーヨーの一面には、その中央上段に「リトルワールド」の片仮名文字が、またその中央下段には「LITTLEWORLD」の欧文字が横書きされてなる標章が付され、他の面には、「リトルワールド」の片仮名文字と「LITTLEWORLD」の欧文字とを同一円周上に丸く配置してなる標章が付されている。

2  商標法五〇条の規定の適用に際し、登録商標を使用しているか否かの認定をするに当たっては、使用に係る商標が登録商標と単に物理的に同一であるか否かによって認定すべきものではなく、社会通念上同一のものと認識し得るか否かによって決定されなければならない。この点、審決は、「本件商標と本件使用商標とはその欧文字部分において構成文字が「E」の文字の有無において明らかに異なり、この構成文字の相違によって、両者の外観及び観念が異なるとして、両者の同一性が認めがたい。」旨の認定判断をしたが、以下述べるとおり誤りというべきである。

(一) 本件商標の構成のうち、上段に横書きされた欧文字の部分は、たしかに「LITTLWORLD」であって、正規のLITTLEの綴りとすれば、「E」が欠落していることになるが、併記された片仮名文字「リトルワールド」と併せてみれば、本件商標からは、本件使用商標と同様に、「小さい(な)世界」の観念が生じることは明らかである。審決は、本件商標と本件使用商標における片仮名文字の「リトルワールド」部分についての同一性の判断並びに欧文字及び片仮名文字の各部分から生じるであろう称呼については一切言及していないが、本件商標と本件使用商標に係る片仮名文字「リトルワールド」の部分が全く同一であることは明らかである。また、本件商標の欧文字部分である「LITTLWORLD」からは、本件使用商標の対応部分からの称呼と同様、「リトルワールド」の称呼のみが生じるのである。したがって、称呼についてみても、本件商標と本件使用商標から生じる称呼は全く同一のものである。なお、商標権存続期間更新登録出願においては、本件商標のように文字を二段併記してなる商標については、併記された一方の標章を使用していれば、登録商標の使用と認めるとする運用がなされている(甲第四号証・特許庁商標第一・二課編・社団法人発明協会発行「商標審査基準」、甲第五号証・財団法人通商産業調査会発行・「商標の使用証明と業務記載/実務者のための改正商標法」)。

(二) 本件商標に係る商標権存続期間更新登録出願(更新登録願昭和六二年第二一九五六七号)については、本件使用商標の使用をもって本件商標の使用と認められ、昭和六三年三月二五日登録となった(甲第六号証の二)。また、本件商標と同様に、欧文字「LITTLWORLD」と片仮名文字「リトルワールド」とを二段に併記し、指定商品を第一七類「被服、その他本類に属する商品」とする登録第一一七七三一一号商標についての不使用を理由とする二つの商標登録一部取消審判請求手続(昭和五七年審判第四七二五号事件及び昭和五七年審判第四七二六号事件)においても、本件使用商標と同じ構成の商標の使用をもって右登録商標の使用が認められ、不使用を理由としてなされた登録取消の審判請求は、いずれも不成立となった(甲第八号証の二)。

3  右のとおり本件商標はその指定商品に係る「ヨーヨー」について、審判の請求の登録日(昭和五八年七月二〇日)前三年以内に日本国内において使用していたものであるから、不使用を理由に本件商標の登録を取り消した審決は違法として取り消されるべきである。

第三請求の原因に対する認否及び被告の主張

一  請求の原因一の事実は認める。同二の事実は認める。同三の冒頭の主張は争う。同三1の事実は否認する。同三2の冒頭部分及び審決の趣旨については認めるが、その主張は争う。同三2(一)の主張は争う。同三2(二)の事実は知らない。同三3の主張は争う。審決の認定判断は正当であって、審決には原告主張のような違法の点はない。

二  被告の主張

1  商標法五〇条の規定からして、登録商標に類似する商標が使用されたことをもって、登録商標の使用があったとすることはできない。本件ヨーヨーに付された本件使用商標のうちの「LITTLEWORLD」と、本件商標のうちの「LITTLWORLD」とは、「E」の有無において明らかに異なる。

2  商標法五〇条の適用に際し、登録商標と使用商標との同一性を検討するに当たっては、原告主張のごとく両者が社会通念上同一といえるか否かを判断すべきものであるとしても、本件使用商標は、以下述べるとおり本件商標と社会通念上同一であるとはいえない。

(一) 外観について

外観については、審決が指摘したとおり、本件使用商標と本件商標とは欧文字の部分において、「E」の有無という点で明らかに異なる。更に、「LITTLE」という英単語は、我が国では中学一年生で習う単語であって一般に広く知られているから、「LITTL」と「LITTLE」との相違、つまり「E」のないことは誰もが直ちに気付くはずである。その点からも、本件使用商標と本件商標とは外観上類似していない。

(二) 観念について

そもそも観念の類似を判断し得るためには一定の意義が当該商標から生じなければならないが、本件商標の「LITTLWORLD」の部分は、英語は勿論、仏語、独語にも存在しない単なる欧文字の羅列にすぎない。このように、何ら格別の意味のない文字の結合からなる商標については、商標の類似を判断するに足る観念は生じず、このような商標について観念の類比を判断することはできないものと解すべきである。「LITTLE」の単語は広く知られていることから、本件商標のうちの「LITTL」という文字の羅列をみて、原告主張のように「小さい(な)世界」という観念をもつことは考えられない。

(三) 称呼について

原告は、欧文字「LITTL」から「リトル」の称呼が生じると主張するが、そもそも、「LITTL」というのは前述したとおり単語として存在しない文字の羅列であるから、「リトル」という称呼が生じるというのは原告の独断にすぎない。母音を伴わない「TTL」という用法は、日本語のローマ字表記にも存在しないから、本件商標のうちの「LITTL」の部分は、むしろ発音不能というべきである。あえて、発音するとすれば、「リツル」ということにでもなろうが、少なくとも、「リトル」という称呼は生じない。

3  原告は、甲第四、五号証を援用して本件商標のように文字を二段併記してなる商標の場合は、併記された一方の標章を使用していれば、登録商標の使用と認められると主張するが、たとえば、甲第五号証の五二頁②をみても、二段併記のうちの片方の使用でもよいとするのは、「太陽」と「SUN」とは、観念が同一であり、そのうえ、「太陽」といえば「SUN」、「SUN」といえば「太陽」と直ちに感受されることを含めて、社会通念上同一のものと理解することができるからである。しかるに、本件商標においては、「LITTL」といえば「リトル」という関係にはないので、本件商標とは場合が異なる。また、前掲甲第五号証の五四頁には、「外観の点に異る所があるとしても、観念及び称呼が同一であるので、使用に係る商標が登録商標と社会通念上同一のものであると容易に理解する事ができるから登録商標の使用であるという事である。」(七行ないし九行)の記載に続いて、「しかし、観念上の関連性がない場合、二つ以上の称呼が生ずる場合、……一商標一登録主義の原則が数商標一登録主義となること等諸々の問題が生ずるので」慎重な配慮を要する趣旨が述べられている(九行ないし一八行)。したがって、二段併記の商標についての特許庁の運用基準に照らしても、本件使用商標の使用をもって本件商標の使用とみることはできない。

4  原告の主張するように本件商標に係る商標権存続期間更新登録出願(更新登録願昭和六二年第二一九五六七号)について登録がなされ、不使用を理由とする二つの商標登録一部取消審判請求手続(昭和五七年審判第四七二五号事件及び昭和五七年審判第四七二六号事件)においても、審判請求不成立の審決がなされたとしても、むしろ、これらの登録査定や審決の判断の方が誤りであるというべきである。

第四証拠関係《省略》

理由

一  請求の原因一及び二の事実(特許庁における手続の経緯及び審決の理由の要点)が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いのないところである。

二  審決を取り消すべき事由の有無についての判断

1  《証拠省略》を総合すると、原告は、主として菓子の製造販売を営んでいる者であるが、菓子販売の傍ら、土産品等として手拭、ネクタイピン及びハンカチ等の販売をしていたところ、昭和五八年一月ころ、いせや玩具株式会社から本件ヨーヨー五〇〇個を購入し、その際、同社に対し、本件使用商標を付することをも合わせ依頼したこと、同月二五日ころ、納品された本件ヨーヨーはそれぞれ別紙(二)のとおりその一面の中央上段に「リトルワールド」の片仮名文字を、またその中央下段には「LITTLEWORLD」の欧文字を横書きした標章を、他の面には、「リトルワールド」の片仮名文字と「LITTLEWORLD」の欧文字とを同一円周上に丸く配置してなる標章(本件使用商標)を付したものであったこと及び右のような本件使用商標が付された本件ヨーヨー五〇〇個は、その後、原告の営む店舗において少しづつ販売もしくは交付されていたことが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

右認定の事実によれば、原告は、審判請求の登録日(昭和五八年七月二〇日)前三年以内に日本国内において少なくとも本件使用商標を使用していたことになる。

2  そこで、右の本件使用商標が本件商標と同一の範囲を出ないものと認められるか否かについて検討する。

まず、商標の使用強制を意味する商標法五〇条の規定する不使用取消制度の適用に当たって、「登録商標の使用」を認定するには、使用に係る商標が登録商標と社会通念上同一のものと認識し得るか否かをみるべきものであるが、商取引の実際においては、登録商標が、配列もしくは配置その他の態様について少なからぬ変更が加えられて使用されることは、《証拠省略》(商標審査基準)の記載内容及びパリ条約五条C2の規定に照らしても明らかなところである。前記認定のとおり本件使用商標は、上段に「リトルワールド」の片仮名文字を、下段に「LITTLEWORLD」の欧文字を横書きした標章、及び「リトルワールド」の片仮名文字と「LITTLEWORLD」の欧文字とを同一円周上に丸く配置してなる標章であるから、本件商標とは欧文字と片仮名文字について配列もしくは配置などの表示態様において違いがあるが、一般に横書き二段表示の文字商標において、横書きのまま又は全体を円形にして文字の位置を逆に配置する表示態様の変更は、登録商標を具体的な指定商品に付して取引の場に置くに当たっての各種の制約等を考慮し、また、このような具体的に使用されている商標の態様は、本来、需要者によって隔離的に観察されるものであることを勘案すると、同一性の範囲にとどまる程度の変更、つまり、商標の識別性に影響を与えない程度の表示態様の変更と認めるのが相当である。また、本件商標における片仮名文字部分と本件使用商標の片仮名部分のみをみるかぎり、ともに「リトルワールド」であって、同一の標章であるから、この点の外観、称呼及び観念が同一であることは明白である。次に欧文字部分をみると、たしかに、本件使用商標の「LITTLEWORLD」と本件商標の「LITTLWORLD」と間にはEの欠落という相違があるが、いずれも、大文字による一一文字又は一〇文字綴りであり、しかもEの字は前者の中央に位置し、その欠落の有無は一見したのみでは気付きがたいから、両者の外観は酷似するものということができ、また、本件商標が「LITTLWORLD」の欧文字と「リトルワールド」の片仮名文字の二段併記でなるものであることからしても、併記された「リトルワールド」の片仮名文字からの称呼及び観念(小さな世界)に基づいて、Eが欠落しているとはいえ、「LITTLWORLD」からも「LITTLEWORLD」と同じ称呼と観念が生ずるものとみるのが相当である。したがって、本件商標と本件使用商標とは、外観において若干の相違があるとはいえ、称呼及び観念を共通にするものと認められるのであるから、全体として観察すると、両者は社会通念上同一の範囲を出ないものというべきである。被告の主張は、欧文字部分の「E」の有無の相違を重視するあまり、本件商標が二段併記でなるものである点、構成する文字の種類、態様など本件使用商標と共通する点からの観察など全体的な検討を欠いたものであって、到底採用することはできない。したがって、本件使用商標の使用が、本件商標の使用に当たらないとした審決の判断は誤りといわざるを得ない。

三  以上のとおりであるから、その主張の点に認定判断を誤った違法があることを理由に、審決の取消しを求める原告の本訴請求は、これを認容することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条及び民事訴訟法八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 舟橋定之 杉本正樹)

<以下省略>

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